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浦和地方裁判所 昭和29年(ワ)23号 判決

原告 若海八百蔵

被告 浜田薫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は訴外株式会社民生品製作所に対して別紙〈省略〉目録記載の物件(以下本件物件と略称する)について浦和地方法務局川口出張所昭和二十七年十二月二日受附第四四三七号昭和二十七年十二月一日付譲渡契約による被告のための抵当権取得登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として、(一)原告は訴外株式会社民生品製作所に対して金四十一万一千七百十三円三十銭の約束手形金債権をもつものである。(二)訴外株式会社民生品製作所は当裁判所において昭和二十六年七月十七日午前十時破産の宣告をうけ、(以下訴外株式会社民生品製作所を破産会社と略称する)弁護士会田惣七が破産管財人に選任され、目下破産手続中である。(三)これより先、破産会社は昭和二十四年十月十二日訴外株式会社日本興業銀行(以下訴外銀行と略称する)から金百万円を借うけ、その債務を担保するためその所有の本件物件について抵当権を設定し、昭和二十四年十月十四日浦和地方法務局川口出張所受附第二三六七号によつてその旨の登記をした。(四)ところが、(イ)訴外松本実は昭和二十六年八月十一日破産会社のために前記の債務を代位弁済したと称して、昭和二十六年八月十五日受附第二九二四号によつて本件物件について「代位弁済による抵当権取得」の附記登記をうけ、(ロ)さらに訴外松本惣治郎は昭和二十七年七月二十二日その債権及び抵当権の譲渡をうけたと称して、昭和二十七年七月二十三日受附第二七二二号によつて本件物件について抵当権取得の附記登記をうけ、(ハ)さらに被告は昭和二十七年十二月一日その債権及び抵当権の譲渡をうけたと称して、昭和二十七年十二月二日受附第四四三七号によつて本件物件について抵当権取得の附記登記をうけた。(五)しかしながら訴外松本実が訴外銀行に対して破産会社の債務を弁済したのは次にあげるような事情によるものであるからその弁済は代位弁済となるものではない。すなわち破産会社は著しく債務超過となりその経営が立ちいかなくなつたので、昭和二十五年五月七日頃当時破産会社の代表取締役であつた松本惣治郎の甥にあたる訴外松本実は破産会社からその工場設備一切を賃借しその製品仕掛残品及び金枠道具等を譲受け、破産会社の工場経営をすることになり、その工場経営によつてあげた利益の二分の一を破産会社に支払うことに破産会社との間に契約したが、それらの債務を破産会社に履行する方法として破産会社に対し当時破産会社が訴外銀行に対して負担していた前記の債務を訴外松本実において引受けることを約し、その契約に基いて訴外銀行に対する破産会社の債務を弁済したものである。さようなわけであつて、訴外松本実が訴外銀行に対して破産会社の債務を弁済したのは破産会社に対して負担する債務の履行方法としてしたものであるからその弁済によつて訴外松本実は破産会社に対してなんらの債権をもつものではないからそれは代位弁済とはならない。従つて訴外松本実は代位弁済による債権の存在を前提とする抵当権をも取得しないものである。(六)以上の次第であるから前記(四)の(イ)(ロ)(ハ)の登記は実体を伴わない無効のものであり、本件物件は破産会社の破産財団に属するものであるから破産会社の破産管財人は被告に対してその無効登記の抹消登記手続を求める権利がある。よつて原告は破産会社に対する債権を保全するため破産管財人に代位して本訴に及ぶ、と陳述し、被告の(一)(二)の抗弁は理由がない、と述べ、(三)の抗弁事実はこれを認めるが被告が本件物件の所有権を取得したことは争う、すなわち被告主張の競落許可決定は代金支払期日に競落人である被告が代金を支払わなかつたため再競売決定がなされたこと被告の主張するとおりであるから、これによつて右競落許可決定はその効力を失つたものである、と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、請求原因第一項の事実は不知、第二乃至四項の事実は認める、第五項の事実は否認する、と述べ、抗弁として、(一)原告の本訴請求は原告が破産会社に対してもつ破産債権を保全するため破産財団に対する破産管財人の権利を代位行使するものであるが、破産財団に対する破産管財人の権利は破産管財人に専属するものであるからこれを代位行使することは許されるものではない。(二)仮りに右の抗弁が理由なく、かつ原告主張のように訴外松本実の代位弁済による債権及び抵当権取得登記が無効であるとしても、被告はその登記が有効であると信じてその債権及び抵当権の譲渡をうけ、その旨の登記を得たのであるから被告のその債権及び抵当権取得は有効である。(三)仮りに右の抗弁が理由ないとしても本件物件に対しては破産管財人から当裁判所に破産法による競売の申立がなされ(昭和二八年(モ)第二三〇号事件)昭和二十八年十二月二日の競売期日に、被告がこれを競落し同年同月七日競落許可決定がなされ右決定が確定し昭和二十八年十二月二十一日の代金支払期日には被告において代金の支払をしなかつたが同日再競売決定がなされ再競売期日である昭和二十九年二月五日の三日以前である昭和二十八年十二月二十二日被告において当裁判所及び破産管財人に対して本件元利金債権をもつて競落代金と対当額で相殺する旨の意思表示をなしたので、これによつて本件物件の所有権は既に被告に帰したのである。従つてもはや破産会社は本件物件の所有者ではないから訴外松本実に対して本件物件に対する登記抹消請求権をもたない。よつてこれを代位する原告の本訴請求は理由がない、と陳述した。〈立証省略〉

理由

訴外株式会社民生品製作所が当裁判所において昭和二十六年七月十七日午前十時破産の宣告をうけ、弁護士会田惣七が破産管財人に選任され目下破産手続中であること、破産会社が昭和二十四年十月十二日訴外銀行から金百万円をうけ、その債務を担保するためその所有の本件物件について抵当権を設定し、昭和二十四年十月十四日浦和地方法務局川口出張所受附第二三六七号によつてその旨の登記をしたこと、訴外松本実が昭和二十六年八月十一日破産会社のために前記の債務を代位弁済したという理由で昭和二十六年八月十五日受附第二九二四号によつて本件物件について「代位弁済による抵当権取得」の附記登記をうけたこと、訴外松本惣治郎が昭和二十七年七月二十二日その債権及び抵当権の譲渡をうけ昭和二十七年七月二十三日受附第二七二二号によつて本件物件について抵当権取得登記の附記登記をうけたこと、被告が昭和二十七年十二月一日その債権及び抵当権の譲渡をうけ昭和二十七年十二月二日受附第四四三七号によつて本件物件について抵当権取得の附記登記をうけたこと及び訴外松本実が破産会社の訴外銀行に対する前記の債務を弁済したことは当事者間に争がないからこれを認めることができる。そして成立に争のない甲第二、三号証の一、二の記載に証人会田惣七及び松本実の証言を総合すれば、破産会社は昭和二十四年頃から著しく債務超過となり信用も失墜し金融のみちもとざされたため全く経営が立ちいかなくなつてしまつたので、窮余の策として当時破産会社の代表取締役であつた松本惣治郎の甥にあたる訴外松本実に破産会社の実体をうつし同人によつて従来の工場経営をしていこうと考え昭和二十五年五月七日頃破産会社は訴外松本実に対して工場設備一切を賃貸しその製品仕掛残品及び金枠道具等を譲渡しこれに対して訴外松本実は賃料代金等のほか工場経営によつてあげた利益の二分の一を破産会社に支払うことにしたが、訴外松本実は破産会社に対して現実にそれらの債務の履行をする代りに当時破産会社が訴外銀行に対して負担していた前記の債務を引受けることを約し、その契約に基いて訴外銀行に対する破産会社の債務を弁済したものである事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。以上認定の事実によれば訴外松本実は破産会社に対して負担する債務の履行方法として訴外銀行に対する破産会社の債務を弁済したのであるからその弁済によつて訴外松本実は破産会社に対してなんらの債権を取得するものではなく、訴外松本実の右弁済は代位弁済とはならないと同時に訴外松本実は代位弁済による債権の存在を前提とする抵当権を取得することもないということになる。従つて本件物件について訴外松本実のためになされた前記認定の代位弁済による抵当権取得登記は実体を伴わない無効のものであること明らかである。よつて同人から転々右債権及び抵当権の譲渡をうけたという訴外松本惣治郎も被告も右債権及び抵当権を取得するに由なく、訴外松本惣治郎及び被告と転々なされた右抵当権取得の附記登記も実体を伴わない無効のものであること明らかである。以上説示のとおりであるから被告は本件物件の所有権者である破産会社に対して被告のためになされた前記認定の附記登記の抹消登記手続をする義務がある。しかるところ本訴は原告が破産会社に対する債権を保全するため、破産会社の破産管財人に代位してその抹消登記手続を求めるものであつてこの点について被告は破産財団に対する破産管財人の権利は破産管財人に専属するものであるから破産債権者である原告はこれを代位行使することは許されないと抗弁するので考えるのに、破産法が破産財団に属する財産の管理処分の権限を破産管財人に専属せしめたのは、一面破産者の自由な財産整理を禁止して破産管財人の公正妥当な整理にこれを一任しようとする趣旨であると同時に、他面破産財団に対する財産の整理については破産管財人のみにこれを帰一してすべて破産手続によつてのみ行わせるため破産債権者が破産手続によらないでこれに介入することをも禁止する趣旨であると解するのが相当である。右の見地からすれば破産債権者が破産会社に対する債権を保全するため破産財団について破産管財人に属する権利を代位して行うことは許されないものと解するのが相当である。従つて被告の抗弁は理由がある。

よつて原告の本訴請求は爾余の争点について判断を加えるまでもなく失当であるといわざるを得ないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡岩雄)

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